60歳で飛び込んだ「学校給食」の舞台裏|令和の時代に、驚くほどアナログな『昭和』が息づいている理由。

給食室の休憩室のドアを開けて初出勤で挨拶する60代日本人女性の様子 お金と仕事

新しい季節が始まる4月。
私も新たなステージが始まりました。

60歳にして新人として足を踏み入れたのは、地元の小学校の給食室。
「60代なんて、まだまだこれから!」
そんな風に意気込んで飛び込んだものの、現実は想像以上にハードで、正直、戸惑うことの連続です(笑)。

令和の子どもたちがタブレットをスイスイ使いこなす横の給食室には、まるで時間が止まったかのような『昭和』の空気が今も色濃く残っています。

戸惑いながらも日々現場に立つ中で、少しずつ見えてきたこと。
時代が変わっても、あえて「変わらない」ことには、それなりの理由があるんだということを。

そして、その中で突きつけられた現実は、まさに「自分との闘い」でした。
若い世代との理解力の差や、想像以上の体力勝負……。
これまでとはまったく違う『壁』を前に、何度も立ち止まりそうになりました。

今回は、60歳の新人としてぶつかった現実と、そこでの気づき。
一見アナログに見える現場の奥にある「納得の理由」などを、私なりに等身大でお話ししてみようと思います。

そこは、「紙と手作業」の世界だった

初めて足を踏み入れた「給食」という仕事。
扉を開けて、目に飛び込んできたのは…壁一面に貼られた作業指示書に手書きの名前が書かれたマグネット、そしてバインダーに綴じられた体調チェックリストの数々でした。

今の時代、スケジュールもタスク管理もスマホやタブレットでスマートに共有するのが当たり前ですよね。
けれどここは、すべてが紙ベースのアナログの世界なんです。

何より私を驚いたのは、仕事の基本となる「マニュアル」がないこと。
普通、新しい職場に行けば「これが手順書です」って渡されるか、置いてあるかですよね。
しかし、ココにはそれが一切ない。

入社前に「メモ帳を持ってくるように」という指示がなかったので、てっきりマニュアルがあるんだとばかり思っていました。
たまたま自前のメモ帳を持参していたから良かったものの、もし持っていなかったら……と思うと、ゾッとします。

挨拶を済ませるやいなや、ベテランのパートさんから次々と指示が飛んできます。
「これ制服です。名前を書いてください」
「制服はこう着て、髪の毛は絶対に出さないで」
「靴を履き替えたら、コロコロで服のゴミを取って」
「手の洗い方は、壁のこの写真を見てくださいね!」

衛生管理を徹底するため、白い制服を着たスタッフが洗面台で石鹸を泡立てて念入りに手を洗っている手元のアップ。

右も左も分からないまま、まさに矢継ぎ早。
最後は「エアー」を通ってようやく作業室の中へ入ったのですが、その間、メモを取る余裕なんて1ミリもありません。
もう、ひたすら頭に叩き込むしかありませんでした。

作業室に入ると、また別のパートの方とバトンタッチして仕事がスタート。
「ここでサンダルに履き替えて」「まずは手袋をつけて」「次はこのダスターで台車を拭いて」・・・。

流れも分からないまま、またも指示の嵐。
さすがに途中から必死でメモを取り始めましたが、書けるのは箇条書きが精一杯。
「手袋をつける」「外す」「拭く」「また別の手袋に替える」。
細かな工程が延々と続き、まるで極限の記憶力テストを試されているような気分でした。

一通りの作業が終わったあと、教えてくださった方に思わず『背中を見て覚えろ』って感じなんですかね?」聞いちゃいました。
すると、その方は微笑みながら「私も最初は大変でしたよ。毎日メモを見ながら必死でやっていましたから」とのこと。

よくニュースなどで聞く「給食現場の人手不足」という言葉。
その理由が、腑に落ちた気がしました。
「ああ、なるほど…そりゃあ大変だわ」と納得してしまったのは、きっと私だけではないはずです。

まさに『ザ・昭和』
食物アレルギーを持つお子さんが増えて、一歩間違えれば命に関わるシビアな現場。
それなのに、きちんとしたマニュアルのない、このやり方が「当たり前」として受け継がれている…。
その事実に、衝撃を受けたのでした。

60代の「自信」と、目の前の「リアル」との闘い

給食室での一日は、各クラスのワゴンに食器や食具を設置することから始まります。
その後、一つひとつの汚れを厳しくチェックしながら、正確に個数を数えていく―。
文字にするとシンプルな作業に見えますが、ここが私の最初の「大きな壁」になりました。

実を言うと、体力にはちょっと自信があったんです。
記憶力だって、まだまだ現役世代には負けないつもりでいました。
ところが!いざ20代から40代の仲間たちと並んで作業をしてみると、そこには残酷なまでの「スピードの差」が待っていたんです…。

隣のスタッフさんの手元は、まるで魔法のようにシュシュシュッ!と速く動く。
一方で、私のスピードは誰が見ても明らかに遅い
頭では分かっているつもりなのに、どうももたついてしまうんです。
「入ったばかりだから…」
そう言えば、確かにそうなのかもしれない。
でも、自分の動きが明らかに鈍いのが分かってしまう。

「あれ、私、こんなに遅かったかしら…」

肉体的な「キツさ」よりも、実はこの気づきが一番こたえました。
「自分はまだまだ大丈夫」「特別だ」とどこかで信じていたけれど、実はしっかり歳相応になっていたのかもしれない。
そんな現実を突きつけられるのは、正直、筋肉痛よりも心が「つらい」と感じる瞬間でした。

ピカピカに磨かれたステンレス製のカートに、整然と積み上げられた陶器の食器と自前のメモ帳が置かれている給食室の風景。

さらに、この現場には「適当」という言葉が1ミリも通用しません
子供たちの口に入るものを扱う以上、アレルギーや衛生管理はまさに「命」に直結します。
そんなプレッシャーの中で焦れば焦るほど、自分の不甲斐なさが際立ってしまって…。

しかも今の食器って、昔のような軽いアルミじゃないんです。
しっとりと重みのある「陶器」が主流。
子供たちに「家庭に近い食事環境をつくり、子どもたちの食育につなげるため」という素敵なこだわりなのですが、今の私にとっては、自分自身の現状を受け入れるための「ずっしり重い宿題」のようにも感じられました。

それでも、この重みを感じながら必死に手を動かしていると、ふと思うんです。
この自分に対しての「悔しさ」や「闘い」も含めて、今の私に必要な経験なのかもしれないな、って。

デジタルに頼らない現場に隠された「納得の理由」

驚きの連続から始まった『ザ・昭和』な仕事。
でも、必死に手を動かしながら気づいたことがありました。

なぜ、デジタルに頼らず、あえて「紙と手作業」なのか。
そこには、子供たちの命を預かる現場ならではの、 切実で、かつ真っ当な理由があるように思うんです。

それは、「目で見て、手で触ってが必要な世界」だということ。

白い調理服とエプロン、帽子、マスクを身につけたスタッフが、食器や牛乳が載った配膳台を慎重に押して廊下を運んでいる様子。

デジタル画面上でチェックを入れるだけでは決して得られない、人間ならではの感覚が必要なんです。

目で見て、手で触って。
その泥臭いほどの繰り返しこそが、アレルギー事故を防ぐための、最も強固な防波堤になっていたのです。

「効率」だけを考えれば、確かにデジタル化して管理したほうが楽かもしれません。

でも、給食室で守るべきは、効率ではなく「子供たちの日常」

「背中を見て覚える」という厳しい伝承も、実は、一つひとつの工程に込められた「重み」を、体で覚えてほしいという、現場の切実な願いなのかもしれません。

そんな風に思えるようになったとき、あんなに戸惑っていたアナログな光景が、少しだけ違った景色に見えてきました。

まとめ:60歳の新人は、明日も「自分」と闘います

今回の挑戦で思い知らされたのは、「60代はまだまだ!」という自信があっても「思うように動かない自分」というリアルな現実でした(苦笑)。

もたつく手元に、抜ける記憶力。
正直、若いスタッフさんの動きに付いていくのは必死です。
「キツイから…」と諦めるのは簡単です。
けれど、この「自分との闘い」で得られることは、今の自分にとても必要なことだと思っています。

泥臭くて、熱くて、ひたむきな「昭和」の現場。
そこで重い陶器の食器を運びながら、 私は常に自分自身の「今」を更新しています。

「もたもたしてられないわね!」

自分にそう言い聞かせながら。
明日もまた、真っ白な制服を身に纏い、あのアナログな、でも温かい給食室の扉を開けようと思います。

コメント