SNSを開けば、誰かの成功や幸せそうな毎日が、いつでも目に入る時代。
「あの人はすごいな。でも、それに比べて私は……」
そんなふうに、知らないうちに自分と誰かを比べてしまうことはありませんか?
誰かより上なのか、下なのか。
人と比べ始めると、ついそんなことまで気になってしまいます。
でも、そもそも誰かと比べることって、本当に必要なのでしょうか。
今回ご紹介するのは、そんな「人と比べてしまう私たち」に、大切なことを気づかせてくれる言葉です。
チベット仏教の最高指導者であり、慈愛の聖者として知られるダライ・ラマ14世は、こう語っています。
「目標は、他人より優れることではなく、過去の自分より優れることだ。」
ダライ・ラマ14世ってどんな人?

ダライ・ラマ14世、本名テンジン・ギャツォは、1935年にチベット北東部の農家に生まれました。
わずか2歳のとき、第13世ダライ・ラマの転生者を探していた捜索隊によって見いだされました。その選定方法は独特なもので、前世のダライ・ラマが使っていた品を、よく似た別の品の中から選び出すなど、チベット仏教に伝わるさまざまな方法によって、第14世ダライ・ラマの転生者と認定されたのです。
その後は、幼い頃から僧侶として本格的な教育を受け、6歳から仏教哲学や論理学などを学び、のちにチベット仏教哲学における最高位の学位「ゲシェ・ラランパ」を取得しました。
こうして幼い頃から特別な使命を背負って歩み始めたダライ・ラマ14世ですが、その人生は決して穏やかなものではありませんでした。
1950年、中国との緊張が高まるなかで、まだ10代だったダライ・ラマ14世は政治的な指導者としての責任を担うことになります。そして1959年、チベットでの蜂起が鎮圧された後、故郷を離れてインドへ亡命しました。以来、インド北部のダラムサラを拠点に活動を続けています。
そんな厳しい状況に置かれながらも、ダライ・ラマ14世が一貫して大切にしてきたのが、非暴力、慈愛、思いやり、そして対話です。
武力によって相手を打ち負かすのではなく、互いを尊重しながら平和的な解決を目指す。その姿勢が世界的に評価され、1989年にはノーベル平和賞を受賞しました。ノーベル委員会も、暴力に反対し、「寛容と相互尊重」に基づく平和的な解決を訴え続けたことを受賞理由として挙げています。
そして、国家や宗教といった大きな問題だけに限らず、自らを「一人のシンプルな仏教僧」と表現し、私たちの日常にもつながる考えを、世界中の人々に伝え続けてきたのです。
🌿人を思いやること。
🌿心の平和を大切にすること。
🌿誰かに勝つことではなく、自分自身の心と向き合うこと。
今回の「他人より優れることではなく、過去の自分より優れること」という言葉も、まさにそんな彼の考えにつながっています。
誰かと競うのではなく、自分自身の内側に目を向けること。
そう考えると、この言葉が伝えようとしていることが、より深く心に響いてきます。
この名言を選んだ理由
私たちは、自分の人生を生きているつもりでも、気づけば他人の人生を基準にしてしまうことがあります。
仕事、収入、人間関係、子育て……。
比べる対象はいくらでもあります。
そして、誰かより優れていても、また別の誰かと比べてしまう。
それを繰り返している限り、終わりがないんですよね。
「あの人より上か、下か」
そんな比較は、ときとして妬みや嫉妬、さらには自己嫌悪まで引き起こしてしまいます。
私も昔から、人と比較してばかり生きてきました。
今思うと、厳格な家庭だったと思うんです。
こうしなければいけない、ああしなければいけないと、私が何かやりたいと言うたびに、必ず何かしら言葉を返してくる両親でした。
特に父は、私のしたいことに必ず横槍を入れてくる人。
当時、憧れていたスチュワーデスになりたいと言えば、その仕事を否定するような言葉を返され、ゴルフをやってみたいと言えば、「お金がかかるからやめろ」と言われる。
そんなふうに、自分のやりたいことを否定されることが続くうちに、いつしか私は、自分がやりたいことよりも、父に認めてもらえることを選ぶようになっていきました。
そして気づけば、「私は本当は何がしたいんだろう」と、自分の気持ちさえ分からなくなっていったんです。
その一方で、自分のやりたいことを自由に選んでいる友人や周りの人を見ると、
「あの人はいいな……」と思う。
今振り返ると、そんな経験も、私が人と自分を比較するようになった一つのきっかけだったように思います。
そして、そんな比較癖に拍車をかけたのが、SNSでした。
私が若い頃なら、何かきっかけがなければ知ることもなかった他の人の暮らしまで、簡単に目に入ってくるようになりました。
すると、ますます人と比べるようになり、その一方で自己嫌悪も強くなっていったのです。
「それに比べて私は……」
自分のダメなところばかりに目が向くようになったのです。
そして、その差を埋めようと、「私もあの人のようになりたい」と頑張るようになったんです。
でも、人それぞれ置かれている環境は違います。
家族構成も、住んでいるところも、生活パターンも違う。
同じようになれるはずがないんですよね。
それなのに、同じようになれない自分に悔しさを感じ、今度はそれが嫉妬や妬みに変わっていく。
そのうえ、「こんな人生になっているのは……」と、今度は周りのせいにしてしまう。
比べれば比べるほど苦しくなるのに、それでもまた誰かと比べてしまう。
まさに、比較することから生まれる負のループでした。
そんなときに出会ったのが、ダライ・ラマ14世のこの言葉です。
「目標は、他人より優れることではなく、過去の自分より優れることだ。」
この言葉をどう受け取るかは、人それぞれだと思います。
でも私にとっては、比較することから生まれる負のループを断ち切るきっかけになりました。
「もう、誰かと競わなくていいんだ」
そう思えたんです。
比べる相手は、他人ではなく、昨日の自分なんです。
🌿昨日より少し優しくなろう。
🌿昨日より笑顔を増やそう。
🌿昨日より少し前向きになろう。
そんな些細なことでいいと思っています。
人と比べることをやめて、自分自身と向き合う。
そして、昨日の自分よりほんの少しでも良くしていく。
誰かより上になることではなく、自分なりの一歩を積み重ねていくこと。
それこそが、人生で本当に大切なことなのだと、今は思っています。
今日から、過去の自分を超える一歩を
人と比べないようにしようと思っても、長年の癖はなかなか簡単には変わらないものです。
私も今でも、SNSを見て「あの人はいいな」と思うことがあります。
でも、そんなときこそ思い出したいのが、ダライ・ラマ14世のこの言葉です。
「目標は、他人より優れることではなく、過去の自分より優れることだ。」
誰かを見て羨ましくなったら、そこで自分を否定するのではなく、一度自分自身に目を戻してみる。
「昨日の私と比べたら、今日はどうだろう?」
大きく変わる必要はありませんし、誰かに勝つ必要もありません。
🌿昨日より少し優しくできた。
🌿昨日より笑顔で過ごせた。
🌿昨日より少し前向きに考えられた。
🌿昨日できなかったことを、一つやってみた。
そんな小さな一歩でいいと思うんです。
そして、できなかった日があっても、それを誰かと比べて落ち込む必要もありません。
「今日はダメだった」と自分を責めるのではなく、「また明日、一歩進めばいいじゃない」でいいんです。
過去の自分を超えるというのは、昨日の自分に勝つことでも、毎日成長し続けなければいけないということでもないと思っています。
他人ではなく、自分自身に目を向けて、自分なりの一歩を積み重ねていくこと。
その小さな積み重ねが、自分自身への信頼となり、心の穏やかさにもつながっていくのではないでしょうか。
私自身、比べる相手を他人から自分へ変えたことで、少しずつ「人は人、私は私」と思えるようになりました。
幸せは、誰かとの競争の先にあるものではありません。
誰かの人生を追いかけるのではなく、自分自身の人生に目を向けて歩いていく。
その先に、自分にとっての幸せがあるのだと思います。
今日から、過去の自分を超える小さな一歩を踏み出してみませんか🌿
🎬ショート動画はこちら
今回ご紹介したダライ・ラマ14世の名言は、ショート動画でもご覧いただけます。
心を整えたいときにぜひご覧ください。
🎥 TikTok
🎵使用楽曲「Hope for the Future」
今回の動画では、「Hope for the Future」を使用しています。
静かに前を向く気持ちを後押ししてくれるような、やさしく温かなピアノ曲です。
ダライ・ラマ14世の言葉とともに聴いていただくことで、未来への希望や、自分らしく歩んでいく大切さを感じていただけたら嬉しいです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今日もあなたが幸せでありますように🌿
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